ハスキーと歩いた、あの青空の午後のこと

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空が、どこまでも青かった。

十月の半ばを過ぎたころ、朝晩はすっかり冷えるようになったのに、昼間だけはまだ夏の名残みたいな光が降ってくる。そういう季節の端っこみたいな日の午後、私はコタとリードをつないで、いつもより少し遠回りのコースを歩いた。コタというのは、うちのシベリアン・ハスキー犬だ。三歳になったばかりで、体重は二十七キロ。引っ張る力だけなら、私より絶対に強い。

公園の手前にある坂道を下りながら、コタはずっと鼻を動かしていた。何かのにおいを追うように、少し右に、少し左に、首をゆっくり振る。その仕草がなんとなくソムリエみたいで、思わず笑ってしまった。犬にとって、散歩というのは「歩くこと」ではなく「においを読むこと」なのだと、飼い始めてから初めて気がついた。

子どものころ、祖母の家の近くに大きな銀杏並木があって、秋になると黄色い葉がアスファルトに積もっていた。踏むとふわっと沈む感触が好きで、わざわざ葉の上を選んで歩いていた記憶がある。コタと歩いていると、ときどきそういう古い感覚がよみがえってくる。足の裏で地面を確かめながら歩く、という感覚。大人になってからすっかり忘れていたもの。

この日のコースは、住宅街を抜けて「ヒカリノ川沿い公園」に出るルートだった。架空でもなんでもなく、地元の人がそう呼んでいるだけの小さな遊歩道なのだけれど、この季節になるとコスモスが咲いていて、風が吹くたびに一斉に揺れる。ピンクと白が混ざった花びらが、光の中でちらちらと動く様子は、見ていて少し眩しいくらいだった。

コタはコスモスには興味がなかった。川べりのベンチに座っていたおじいさんが食べていた、何かのにおいに全神経を集中させていた。おじいさんはにこにこしながら「元気な子だねえ」と言ってくれて、コタはその言葉に応えるように、しっぽを大きく振った。ハスキー犬のしっぽは、うれしいときにくるんと丸まる。あの動きは何度見ても、少しだけ心がほぐれる気がする。

歩き続けていると、体がじんわりと温かくなってきた。十月とは思えないくらい、日差しに力がある。首の後ろがじんわりする感じ。コタの被毛も、光を受けてグレーとホワイトがきれいに分かれて見えた。ハスキー犬の毛は二層構造になっていて、指を差し込むとふわっと沈む。子どもの頃に祖母の家で感じた、あの銀杏の葉の感触に、少し似ているかもしれない。

川沿いの道を折り返して、住宅街に戻ってきたあたりで、コタが急に立ち止まった。何があるのかと見ると、塀の隙間から猫がこちらを見ていた。コタは固まって、じっと見つめる。猫も動かない。数秒の沈黙。そのあとコタは、なぜか猫から目をそらして、逆方向ににおいを嗅ぎ始めた。あれは勝ったのか負けたのか、今でもよくわからない。本人(本犬?)は涼しい顔をしていたけれど。

家に帰り着いたとき、コタは玄関でぱたりと横になった。疲れたのか、それとも満足したのか。水を飲む音がしばらく続いて、それからしんと静かになった。

いい天気の日の散歩は、特別なことが何も起きなくても、なぜかちゃんと記憶に残る。コタのにおいを嗅ぐ横顔とか、コスモスが揺れた角度とか、おじいさんの穏やかな声とか。そういうものが、夜になってからじんわりと浮かんでくる。

明日もいい天気らしい。また歩こうと思う。
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