ハスキー犬と暮らす日々――その瞳に映る世界

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初めてハスキー犬を見たのは、確か小学三年生の秋だった。近所の公園で散歩をしていた飼い主さんが、まるで狼のような姿をした大きな犬を連れていて、私は怖いような、でも惹かれるような不思議な気持ちでその場に立ち尽くしていた。その犬は、青い瞳でじっとこちらを見つめていた。今思えば、あの視線にはどこか遠い雪原の記憶が宿っているように感じられる。

ハスキー犬、正式にはシベリアン・ハスキーと呼ばれるこの犬種は、もともとシベリアの極寒地域で人々とともに暮らし、そり犬として活躍してきた歴史を持つ。その血統には、厳しい環境に耐え抜いた強靭さと、群れで協力し合う社会性が色濃く刻まれている。だからこそ、彼らは運動量が多く、人との関わりを深く求める性質を持っているのだ。

実際にハスキー犬と暮らし始めると、その特徴はすぐに実感できる。まず目を引くのは、やはりあの美しい被毛だろう。ダブルコートと呼ばれる二重構造の毛は、寒さから身を守るために発達したもので、触れるとふんわりとした柔らかさと、その下にある密度の高い下毛のしっかりした感触が伝わってくる。ブラッシングをしていると、まるで雲を梳いているような心地よさがある。ただし換毛期には、部屋中が毛で埋め尽くされる覚悟も必要だ。掃除機をかけたばかりなのに、五分後にはまた床に白い綿毛が舞っている、なんてことは日常茶飯事である。

そして何より印象的なのが、あの瞳だ。青や茶色、時には左右で色が違うオッドアイの個体もいる。朝の光が差し込むリビングで、ソファに座ってコーヒーを飲んでいると、隣でうとうとしていたはずのハスキーが、ふと目を開けてこちらを見つめてくることがある。その瞳には、何か言いたげな、でもどこか達観したような表情が浮かんでいる。まるで「君はまだそんなことで悩んでいるのか」と言われているような気さえしてくるのだ。

性格については、一言では表しきれない多面性がある。基本的には人懐っこく、家族に対して愛情深い。だが同時に、独立心が強く、頑固な一面も持ち合わせている。訓練性という点では、正直に言えば決して高くはない。彼らは命令に従うというより、自分で考えて行動することを好む傾向がある。散歩中に突然立ち止まって動かなくなったり、呼んでも知らんぷりをしたりすることもしばしばだ。

ある日、近所のドッグカフェ「ノーザンテイル」に立ち寄ったときのことだ。テラス席で愛犬とくつろいでいると、店員さんが水の入ったボウルを持ってきてくれた。ところがうちのハスキーときたら、そのボウルをじっと見つめたまま、まったく飲もうとしない。店員さんが困った顔をしていると、おもむろに立ち上がり、店の入り口近くにあった別の水飲み場へと悠々と歩いていった。どうやら「自分で選んだ場所で飲みたい」という譲れないこだわりがあったらしい。その堂々とした後ろ姿に、私も店員さんも思わず苦笑いするしかなかった。

運動量の多さも、ハスキー犬の大きな特徴のひとつである。毎日の散歩は欠かせないし、できれば朝晩二回、それぞれ一時間程度は歩きたい。休日には広い公園やドッグランで思い切り走らせてあげると、その喜びようは見ているこちらまで嬉しくなるほどだ。風を切って駆け抜ける姿は、まさに野生の血を感じさせる。

鳴き声についても触れておきたい。ハスキー犬は「ワンワン」という典型的な吠え方よりも、「ウォーン」「アオーン」といった独特の遠吠えをすることが多い。これは狼に近い祖先の名残だと言われている。早朝、まだ薄暗い時間帯に遠吠えを始められると、近所迷惑にならないかとヒヤヒヤするが、どこか哀愁を帯びたその声には、不思議と心を揺さぶられるものがある。

暑さには弱いため、夏場の管理には特に注意が必要だ。エアコンは必須で、散歩も早朝や夜遅くの涼しい時間帯を選ぶ。真夏の午後、うっかり昼間に外へ出ようとすると、玄関のドアの前で完全に動かなくなり、「今は無理だ」という明確な意思表示をされることもある。その判断力の確かさには、時に感心させられる。

ハスキー犬と暮らすということは、ある意味で対等なパートナーシップを築くということかもしれない。彼らは従順なペットというより、意思を持った同居人に近い存在だ。だからこそ、互いに理解し合い、尊重し合う関係が求められる。手がかかることも多いけれど、その分、得られる喜びや学びも大きい。あの青い瞳に見つめられるたび、自分もまた少しだけ成長できているような気がしてくるのだ。
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