
梅雨の晴れ間が一瞬だけ顔を出した、六月のある朝のことだった。助手席に積んだブランケットの上で、うちのハスキー犬・ユキがぐっと鼻先を押しつけ、目を細めていた。窓ガラス越しに差し込む白い光が、その青い瞳にうっすら反射していて、思わず出発前なのに写真を撮ってしまった。今日は片道約四時間、長野の山あいにある「シラカバ高原オートキャンプ場」まで向かう遠距離移動の日。準備はしたつもりだったのに、出発直前になってリードをつけ忘れていたことに気づいた。ユキはすでに車に乗り込んでいて、こちらをじっと見ている。そのまなざしは「まだですか」と言っているようで、少しだけ笑えた。
大型犬のハスキーを車に乗せて長距離を移動するのは、実は想像以上に気を遣うことが多い。まず最初に意識したいのが、出発前の食事のタイミングだ。
出発直前の食事は車酔いの原因になりやすく、出発の2時間前を目安に、普段より少なめの量にしてあげるのが理想的だ。
ユキの場合、朝五時に軽めのご飯を済ませ、七時に出発するというルーティンを作ってから、車の中での様子が格段に落ち着いた。以前は出発前にたっぷり食べさせてしまい、最初のSAで盛大にやらかされた苦い記憶がある。あれ以来、学習した。
走り出すと、ユキはしばらく窓の外を眺めていた。雨上がりの道路に白い光が反射して、ワイパーの残した水滴がフロントガラスを流れていく。エアコンの風が後部座席まで届いているか確かめながら、温度計を25度に設定する。
ダブルコートの犬種は暑さに弱いため、夏場の車移動では冷房をしっかりきかせ、人間には少し寒いくらいの温度が快適な目安になる。
シベリアンハスキー犬はまさにその典型で、換毛期でもないのに毛が舞う季節、車内の空気管理は命に関わる話でもある。
車内で犬が動き回ると運転の妨げになり、事故が起きれば車外に投げ出される危険もある。移動中は必ずキャリーケースやクレートに入れることが安全の基本だ。
ハスキーのような大型犬の場合、クレートが車に入りきらないこともある。そういうときは
ペット用シートベルトで固定する方法が有効で、万が一の急ブレーキや追突の衝撃から愛犬を守ることができる。
ユキは最初クレートを嫌がっていたが、中にいつも使っている毛布を入れてからは、自分から入るようになった。慣れ親しんだにおいが、知らない空間を「安全な場所」に変えてくれるらしい。
犬は人間以上に揺れや振動に敏感なので、急発進・急ブレーキはできるだけ避け、山道のカーブではゆっくり走ることが大切だ。
それと、
車内の芳香剤や消臭剤のにおいも、嗅覚の鋭い犬には強い刺激になる。
以前、友人の車に乗せてもらったとき、フレグランス系の芳香剤が強くて、ユキが終始そわそわしていた。あの子にとっては、においの世界が人間の何倍も濃密なのだと改めて思い知った。
休憩のタイミングも重要だ。
高速道路にはドッグラン付きのパーキングエリアが増えており、1時間半に一度ほど立ち寄って走らせてあげると、車内でもよく眠ってくれる。
ユキがドッグランで思い切り走ったあとに車に戻ると、クレートにすとんと入って、気づいたら寝息を立てていた。その寝顔が、旅の中でいちばん好きな瞬間かもしれない。
ドッグランやペット施設を利用する際には、1年以内の狂犬病予防接種証明書と混合ワクチン接種証明書が必要になる。ワクチンの期限切れには事前に必ず確認しておきたい。
書類の確認は、旅の前夜にリストを作って確かめるのが習慣になった。忘れ物をすると現地では取り返しがつかないことも多い。
走行中に窓から顔を出させる行為は道路交通法違反になる場合があり、過去に逮捕された事例もある。
ハスキー犬が窓に顔を向けたとき、その気持ちはよくわかるし、外の風を嗅がせてあげたい気持ちもある。でも、それは到着してからのお楽しみにとっておく。目的地でたっぷり嗅がせてあげれば、きっとそれで十分だ。
遠距離移動は、ただの「移動」ではなく、旅そのものだと思っている。ユキと一緒に走った時間、SAで飲んだ缶コーヒーの苦さ、高原に近づくにつれ窓から入ってきた冷たく澄んだ空気の感触。そういうものが全部、旅の記憶になる。ハスキーとの車旅は手間がかかる分、到着したときの解放感もひとしおだ。準備をしっかり整えて、愛犬と一緒に、どこか遠くまで走り出してみてほしい。
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