
縁側の向こうに入道雲が見えていた。八月の午後、時刻は三時をまわったばかりで、日差しはまだ容赦なく庭の芝生を白く焼いていた。そんな日に、友人たちがハスキー犬を連れてやってきた。
玄関のチャイムが鳴って扉を開けると、まず飛び込んできたのは毛の塊だった。グレーと白が混ざった大きな体、そして澄んだブルーの瞳。
オオカミのような風貌のシベリアンハスキー。家で飼い主さんに見せる甘えた態度と、外でのそっけない態度のギャップもハスキーの魅力のひとつだ
、とよく言われるけれど、この子は玄関先でいきなり私の手をぺろりと舐めてきた。外でも全然そっけなくない。名前はユキという。二歳になったばかりのオスで、友人の田中がこの春から一緒に暮らしているらしい。
庭にシートを広げて、みんなで輪になって座った。友人たちとこうして集まるのは、たしか去年の秋以来だ。麦茶の入ったピッチャーを囲んで、誰かが「暑すぎる」と言い、誰かが「でもユキは元気だね」と笑った。
ハスキーは寒い地域の出身で暑さが苦手なので、夏は涼しい時間帯が良い
と聞いていたのに、ユキは芝生の上を縦横無尽に走り回っていた。田中が「この子、暑さのことを誰かに教えてほしい」と苦笑いしながら、凍らせたペットボトルをユキの脇腹にそっと当てた。ユキはびくりとして振り返り、田中の顔をじっと見つめた後、また走り出した。まるで「それはいらない」とでも言いたげに。
スタイリッシュで落ち着いた雰囲気のあるシベリアンハスキーは、家族以外の人や犬に対しても積極的に交流しようとする友好的な犬だ
。その言葉通り、ユキはすぐに友人たち全員のにおいを嗅いで回り、気に入った順番でもあるのか、次々と膝の上に頭を乗せていった。私の番になったとき、ずっしりとした重さが太ももにかかって、思わず「重っ」と声が出た。でも、その温かさはなんとも言えなかった。夏の熱気の中に、さらに生き物の体温が加わって、じんわりと広がっていく感覚。不思議と不快ではなかった。
子どもの頃、実家で犬を飼っていたことを思い出した。あの頃も夏になると庭で一緒に遊ぶのが日課で、水道のホースで水をかけてはびしょ濡れになって、母親に怒られた。ユキを見ていると、あの夏の日の匂い——濡れた土と草の混ざった、少しだけ青い香り——がふっとよみがえってくる。記憶というのは、においで戻ってくることが多い。
午後四時を過ぎると、ようやく日差しが少しやわらいできた。友人のひとり、佐々木が「ちょっとユキと一緒に遊ぶ練習してみていい?」と言って立ち上がった。ボールを持って、ユキに向かって投げてみる。ユキはボールを追いかけて、くわえて、戻ってくる。完璧だ。ところが、なぜか佐々木のところには戻らず、田中のところへまっすぐ走っていった。ご主人様のところにしか帰らないらしい。佐々木は「え、私じゃないの」と少し傷ついた顔をして、その場にしゃがみこんだ。ユキはそんな佐々木の顔をちらりと見て、ボールを一度だけ足元に置いてから、また田中のほうへ走り去った。慰めてるのか、そうじゃないのか、判断に困る行動だった。
庭の隅に置いた小型スピーカーから、誰かが選んだプレイリストが流れていた。風が一瞬だけ吹いて、葉っぱがさらさらと揺れた。私たちはそれぞれ好きな飲み物を手に持ちながら、特に何かをするでもなく、ユキの動きを目で追っていた。友人たちとこうして一緒に過ごす時間は、何か特別なことをしなくても、ただそこにいるだけで十分に満たされる。
シベリアンハスキーはそり犬だったため、運動欲求が強くスタミナがある
。ユキはその言葉を体で証明するように、夕方になっても走り続けていた。田中が「今日はよく動いたから夜はぐっすり寝るはず」と言ったとき、私は少しだけ羨ましいと思った。あんなふうに全力で、何も考えずに走れる時間が、自分にもあればいいのに、と。
帰り際、田中がユキのリードをつけながら「また連れてくるね」と言った。ユキは振り返って、青い瞳でこちらをじっと見ていた。その目の奥に何が映っていたのかは、わからない。でも、また会いたいと思った。それだけは確かだった。夏の日差しが少し傾いて、庭の影が長くなった午後の終わりに、そんな気持ちだけが静かに残っていた。
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