
九月の半ばを過ぎると、空気がほんの少しだけ変わる。夏の熱がまだ肌に残っているのに、風だけがどこか秋の匂いをまとってやってくる。そんな午後のことだった。
友人たちがハスキー犬を連れてやってきたのは、午後二時をまわった頃。玄関を開けた瞬間、ふわりと獣の温かい匂いと、草の青さが混ざり合った空気が流れ込んできた。シベリアンハスキー特有の、あの分厚くてやわらかい被毛。思わず手を伸ばすと、指の腹に吸い込まれるような感触があった。子どもの頃、近所の駄菓子屋の前でよく見かけた柴犬を撫でたときの記憶が、不意によみがえった。あのときとは全然違う。もっと深くて、もっと豊かな手触り。
ハスキー犬はそのイケメンぶりとは裏腹に、甘えん坊で人懐っこい一面を持つ
と聞いてはいたけれど、本当にそのとおりだと思った。友人の愛犬「ノルド」は、初対面の私にもまるで旧知の友人のように体をすり寄せてきた。大きな体で。遠慮なく。
友人たちと一緒に遊ぶ時間は、いつもより少しだけ特別に感じた。庭に出ると、ノルドはすぐに走り出した。地面を蹴る音がリズムよく続いて、それを追いかける友人の笑い声が重なって、午後の光の中に溶けていった。ハスキー犬の運動量はかなりのもので、
エネルギーが充分に消費されないとストレスをためてしまうことがあるため、毎日の散歩やドッグランで思いきり走らせる時間が必要
なのだという。それを聞いて、ノルドの全力疾走にも納得がいった。あれは遊びではなく、もはや生きることそのものだ。
縁側に腰を下ろして、友人の一人がアイスティーを差し出してくれた。グラスの底で氷がかちりと鳴った。「ありがとう」と受け取りながら、ふと気づいた。ノルドがいつの間にか私の足元に来て、大きな頭を膝の上に乗せていた。重い。かなり重い。でも、どかせなかった。
話しながら、ふと思い出したことがある。以前、友人が「ハスキーって、なんか言いたいことがあるとすごく喋るんだよね」と言っていたこと。実際にノルドも、遊びが一段落するたびに「ウォウウォウ」と何かを訴えるように鳴いた。要求なのか、感想なのか、それとも単なる独り言なのか。聞いているうちに、こちらも思わず「そうだね」と相槌を打っていた。完全に会話が成立していた気がした。気がしただけかもしれないが。
ブルーアイの美しさで群を抜く
ハスキーの瞳を、間近でじっくり見たのはこの日が初めてだった。薄い氷のような青で、光の当たり方によって色が微妙に変わる。夕方近くになると、傾いた陽光がノルドの目に差し込んで、一瞬だけ透き通った金色に見えた。思わず声が出た。隣にいた友人も「わかる、毎日見てても飽きないんだよ」と静かに笑った。
ちなみに、この日のおやつに用意したのは、地元の焙煎所「ツキノワ珈琲」の豆で淹れたコーヒーと、手作りのくるみクッキー。人間用のおやつだ。ノルドには専用のジャーキーを。だが一瞬だけ、クッキーを持った私の手にノルドの鼻がぐいっと押し当てられた。「これは犬には食べさせられないんだよ」と心の中でそっとツッコんだ。顔はいたって真剣だった。
夕暮れが近づくにつれて、風が少し冷たくなってきた。ノルドはようやく落ち着いて、友人の膝元でうとうとし始めた。あんなに走り回っていたのに、眠るときは子犬みたいに小さく丸まる。
ハスキー犬と飼い主のだらだらな日々
という言葉を、どこかのブログで読んだことがある。その言葉の意味が、この日初めて腑に落ちた。
ハスキー犬と一緒に遊ぶ時間は、どこか時間の流れ方が変わる。慌ただしい日常が遠のいて、今ここにある体温や音や光だけが、妙にくっきりと感じられる。友人たちと過ごしたこの午後は、きっとしばらく忘れないだろう。
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