ハスキー犬と過ごす秋の午後——友人たちと一緒に遊ぶ、特別でもない、でも忘れられない一日

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九月の終わりの午後というのは、不思議なほど空気が澄んでいる。夏の熱がようやく引いて、でもまだ冬の冷たさには届かない、その中間地点。今日はそんな日に、友人たちがハスキー犬を連れて遊びに来た。

玄関のドアを開けた瞬間、まず飛び込んできたのは白と黒の毛並みだった。名前はシロ。二歳になったばかりのシベリアンハスキーで、
オオカミを思わせる精悍な顔立ちに、人懐こくて甘えん坊という、見た目と性格のギャップが最大の魅力
だと、飼い主の友人・ナオキはいつも誇らしげに語る。今日もシロは玄関先で立ち止まり、青みがかった瞳でこちらをじっと見つめてから、ふいに大きな前足で私の膝をぽんと叩いた。「挨拶のつもりらしい」とナオキが言ったが、その一撃で私はよろけた。シロ、それはもう挨拶じゃなくてタックルだ。

リビングに通すと、もう一人の友人・ユカリがコーヒーを淹れてくれた。彼女が持ってきたのは「ノルドフィールド」という北欧系の雑貨ブランドのマグカップで、木の取っ手がついた素朴なやつだ。コーヒーの香りがふわりと部屋に広がるなか、シロはソファの下に潜り込もうとして、体が半分しか入らないことに気づかず、しばらくそのまま静止していた。誰も何も言わなかったけれど、全員の視線がそこに集まっていたのは確かだ。

ハスキー犬はそり犬だったため運動欲求が強くスタミナがあり、エネルギーが充分に消費されないとストレスをためてしまうことがある
という話を、私はナオキから何度も聞いていた。だから午後の早い時間に、みんなで近くの公園へ出かけることにした。九月の二十六日、午後二時ごろ。木漏れ日が地面にまだらな模様を作っていて、草の上を歩くたびにかさかさと乾いた音がした。シロは先頭を行き、リードをぐいぐい引っ張る。ナオキが必死についていく姿は、どう見ても散歩ではなく引きずられている。

友人たちと一緒に遊ぶ時間というのは、こういうものだと思う。特別なことは何もない。でも、誰かが笑うたびに空気が少し柔らかくなって、ハスキー犬が走り回るたびに場が動く。シロが枯れ葉の山に突進して、葉っぱを顔中につけたまま戻ってきたとき、ユカリが「なんか貫禄ある」と言った。確かに、葉っぱだらけでも威厳があった。それがハスキーというものかもしれない。

思い返せば、子どものころ、近所のおじさんが大きな犬を飼っていて、怖くて近づけなかった記憶がある。あのころの自分に今日の午後を見せてあげたい、なんて少し思った。シロの毛は想像より柔らかくて、触れると手のひらに温かさが残った。

ハスキーという名前の由来は、渋いハスキーボイスの遠吠えからきているといわれている
。その遠吠えを、今日は一度だけ聞いた。公園の端で、シロが何かに反応してふいに声を上げた。低くて、どこか遠い場所へ届くような音。友人たちが一瞬静かになった。秋の午後の、その数秒間だけ、時間が止まったみたいだった。

日が傾いてきたころ、ユカリがもう一杯コーヒーを飲もうと提案した。帰り道、シロはさっきより少しだけ歩調が穏やかになっていた。エネルギーを使い切ったのか、それとも満足したのか。ナオキが「今日は珍しくおとなしい」と言った。シロは答えなかったけれど、尻尾はゆっくり揺れていた。

ハスキー犬と友人たちと、何でもない秋の一日。それだけのことが、なぜかずっと残りそうな気がしている。
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