
秋の朝というのは、なんとなく出発に向いている気がする。空気がひんやりと澄んでいて、光がまだ低い角度から差し込んで、世界全体がどこか静かに背中を押してくれるような感じがある。そんな早朝6時、私は助手席のクレートをもう一度確認してから、エンジンをかけた。中にいるのは、我が家のシベリアンハスキー犬・ノルト、3歳のオスだ。ブラックとホワイトの毛並みに、片目だけがブルーという、なんとも人を惑わせる顔をしている。
今日の目的地は、長野県の山あいにある小さな宿「ペンション・ヴィルドバッハ」。自宅のある神奈川からだと、高速を使っても4時間近くかかる。ハスキー犬を連れての車での遠距離移動は、今回が初めてではないけれど、毎回それなりに気を遣う。というより、気を遣わないと後悔することを、過去に一度だけ、盛大に学んでいる。
あれは2年前の夏だった。出発前の食事のタイミングをうっかり誤って、高速の合流直後にノルトが盛大に車酔いをした。後部座席のシートカバーを洗うのに、あの日の夕方を丸ごと使ったことは、今でも鮮明に覚えている。
出発2時間前を目安に食事を済ませること、あるいは普段より少なめにすること
――その教訓は、あの夏の苦い記憶とともに、私の中にしっかり刻まれた。
車での長距離移動は、犬にとって慣れない環境であるため、大きなストレスになることがある。愛犬のストレスを軽減させるには、車に乗る前にしっかり散歩をしたり、愛犬が落ち着ける車内環境を作ったりすることが大切だ。
だから出発前、まだ近所が眠っている時間帯に、30分ほどノルトと歩いた。朝露で濡れた歩道の感触が靴越しに伝わってきて、ノルトは道端の草むらに鼻を突っ込みながら、自分のペースで歩いていた。排泄も済ませた。準備は整った、はずだった。
クレートに誘導すると、ノルトは一瞬だけ「本当に入るの?」という顔でこちらを見上げた。
扉を閉めて落ち着いてからリードを外すと安全だ。
そうして静かに走り始めると、ノルトはほどなくして前足を折り、うとうとし始めた。その寝顔が、また憎たらしいくらいに整っている。
高速に乗って1時間半ほど経ったころ、最初の休憩をとった。サービスエリアの駐車場に車を止めると、外の空気がひんやりと肌に触れた。
パーキングエリアやサービスエリアでのこまめな給水やトイレタイムが大切だ。
ノルトはリードをつけてクレートから出すと、地面の匂いを確かめるように鼻をひくひくさせながら、ゆっくりと周囲を歩いた。芝生の端で用を足し、満足そうに振り返る。その仕草がなんとも堂々としていて、思わず笑ってしまった。
犬は体温調整が苦手なため、熱中症への対策も欠かせない。エアコンは25℃前後に設定し、後部座席にいる犬にも冷気が届くようにすることが重要だ。
秋とはいえ、日差しが強い日は車内が想像以上に温まる。窓から差し込む光がノルトの毛並みを白く輝かせているのは美しいけれど、油断は禁物だ。
犬は人間以上に揺れや振動に敏感なので、急発進・急ブレーキはできるだけ避けることが大切だ。特に山道はカーブが多くなるので、ゆっくり走ることを意識したい。
長野に近づくにつれ、道は緩やかにうねり始める。木々の間から見える山の稜線が、少しずつ近くなってくる。車内には静かなギターの音楽が流れていて、ノルトはまた目を閉じていた。
シベリアンハスキーはもともと犬ぞりの犬種として活躍してきた犬種で、膨大な運動量が必要だ。
長時間の車移動はそういう意味でも、ハスキー犬には特別な配慮が必要になる。到着後にしっかり体を動かせる環境があることが、遠距離移動の計画を立てるうえで欠かせない条件だと、私は思っている。
目的地に着いたのは昼過ぎだった。ペンション・ヴィルドバッハの庭は広く、落ち葉がまだらに積もっていた。ノルトはクレートから飛び出すなり、庭を全力で走り始めた。さっきまでのうとうとした顔はどこへやら。枯れ葉を踏む音がざくざくと響いて、山の冷たい空気の中に、白い息が混じった。
長い道のりを一緒に越えてきた、という感覚は、不思議と人と犬のあいだに何かを積み上げる。うまく言葉にはできないけれど、ノルトが庭を駆け回る姿を見ながら、次の旅のことを、もうぼんやりと考えていた。
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