いい天気の午後、ハスキー犬と歩いた道のことを、ずっと忘れないと思う。

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空が、やけに青かった。

九月の中旬というのに、まだ夏の名残りが空気の底に漂っていて、日差しは柔らかくなりきれずにいた。それでも風はちゃんと秋の顔をしていて、頬をなでるたびにどこか懐かしいような、少し切ないような気持ちになる。そんないい天気の午後、私はハスキー犬のルカと一緒に、近所の川沿いの道を歩いていた。

ハスキー犬との暮らしを綴るブログは今も根強い人気を持ち、青い瞳のシベリアンハスキーと飼い主が日々をともに記録する姿が多くの人を惹きつけている。
その気持ちが、今日この散歩の途中で、なんとなくわかった気がした。

ルカは生後三歳になる雄で、グレーと白が混じった毛並みが陽光を受けるとうっすら銀色に光る。リードを握る手に伝わってくる引っ張る力は、決して弱くない。むしろ、強い。体重三十キロ近いハスキー犬の本気の前進は、こちらの腰をぐっと前に持っていく。散歩というより、半分は引きずられている、というのが正直なところだ。

川沿いの遊歩道には、「ソラノテラス緑道」という名前がついている。地元の人間しか知らないような小さな緑地だが、犬を連れた人たちが朝夕に集まる、静かで穏やかな場所だ。ベンチのそばには金木犀がまだ蕾をつけていて、もう少ししたらあの甘い香りが道全体を包むだろう。今日はまだその手前で、かすかに土と草の混じった匂いがするだけだった。

ルカが急に立ち止まった。

鼻をぴくぴくさせて、茂みの方向をじっと見ている。何かの気配を感じているのか、耳がぴんと立って、尻尾がゆっくりと揺れた。私も釣られて立ち止まり、同じ方向を見たけれど、何もいない。ただ風が草を揺らしているだけ。ルカは三秒ほど真剣な顔でそこを見つめたあと、何事もなかったかのように再び歩き始めた。犬にとっては深刻な調査だったのかもしれないが、傍から見ると完全にひとり相撲だった。

長年ハスキーと暮らしてきた飼い主たちのブログを読むと、こうした日常のひとこまがいかに愛おしいかが伝わってくる。
散歩のたびに起きる小さな事件、立ち止まっては走り、走っては匂いを嗅ぐ、そのくり返しの中に、確かな幸福がある。

子どもの頃、実家で飼っていた雑種犬のことを思い出す。名前はポチ、という、あまりにも直球すぎる名前の犬で、父がつけた。散歩に行くたびに私の手を引っ張って、どこまでも走ろうとするあの感触が、今のルカのリードの感触とどこか重なる。あの頃の私はまだ小学生で、犬に引きずられながら笑っていた。今も、たぶん笑っている。

ハスキー犬と散歩していると、見知らぬ人が声をかけてくることも珍しくない。
今日も、向こうから歩いてきた高齢の女性がルカを見て目を細め、「きれいな子ねえ」と言いながら立ち止まった。ルカは尻尾を大きく振って、その女性の手のひらに鼻をすりつけた。人懐っこいのが、ハスキー犬のいいところのひとつだと思う。

日差しがだんだんと傾いてきた。川面がきらきらと光を跳ね返して、目を細めたくなるほど眩しい。足元のアスファルトはまだほんのり温かく、ルカの肉球はこの熱さをどう感じているのだろうと、ふと思った。

シベリアンハスキーはその青い瞳や美しい毛並みで知られ、人懐っこく優しい性格が多くの人を魅了している。
ルカの瞳もそうで、光の加減によっては透き通るような水色に見える。その目でこちらを見上げられると、何か大切なことを言われているような気がして、思わず立ち止まってしまう。

いい天気の日の散歩は、どうしてこんなに気持ちがいいのだろう。理由を言葉にしようとすると、どこかこぼれてしまう。ただ、風があって、光があって、隣に温かい命があって、それだけで十分だということだけは、はっきりとわかる。

ルカはまた前を向いて、力強く歩き始めた。リードが張って、私の腕が引かれる。さあ行こう、と言っているみたいに。今日もまた、ハスキー犬に連れていかれる形で、私は歩く。それでいい、と思っている。
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