
夏の午後二時というのは、正直あまり外に出たくない時間帯だ。アスファルトから立ちのぼる熱気、じりじりと首の後ろを焼く日差し、遠くで鳴き続けるセミの声。それでも、シロは待っていた。玄関の前でリードを口にくわえて、しっぽをぶんぶんと振りながら。ハスキー犬というのは、こういうときに妙に人の罪悪感を刺激する生き物だ。あの青い瞳で見上げられると、暑さへの言い訳がすべて霧散してしまう。
リードをつけた瞬間、シロの体がふわりと前へ動いた。引っ張るというより、吸い込まれるような感覚。近所の住宅街を抜けて、川沿いの遊歩道へ向かうのがいつものルートだ。今日はいい天気で、空が信じられないくらい青かった。入道雲が一つ、南の方角にもくもくと育っている。子どもの頃、あの雲の形を「象みたい」「クジラみたい」と兄と競い合っていたことを、ふと思い出した。今日の雲は、どう見ても巨大なカリフラワーにしか見えなかったけれど。
川沿いの道に出ると、風が変わった。水の匂いが混じった、少しだけひんやりとした空気。葦の葉が擦れ合う音がさらさらと聞こえて、シロの耳がぴくりと反応する。この犬は音に敏感で、遠くのトラックのエンジン音でも、川を渡るカワセミの羽音でも、同じように真剣な顔で反応する。その都度こちらも耳を澄ませるから、散歩のたびに世界の解像度が少し上がる気がする。
遊歩道の途中に、「ソラノテラス」という小さなカフェがある。テイクアウト専門で、店先に木製のベンチが二脚だけ置かれている。今日もアイスコーヒーを一杯買って、シロと並んでしばらく座った。冷たいカップを手に持つと、その温度差だけで少し息ができる気がした。シロは地面に伏せて、前足の上に顎を乗せ、目だけを動かして道行く人を観察している。その横顔が、なんというか、妙に渋い。
散歩を始めて三十分ほど経ったころ、前方から柴犬を連れたおじさんが歩いてきた。シロが立ち上がり、体全体で期待を表明した。しっぽ、耳、視線、すべてが「会いたい」と言っている。おじさんも笑顔で近づいてきて、二頭は挨拶を始めた。ところがシロ、あまりにもテンションが高すぎたのか、相手の柴犬の顔を舐めようとして、勢い余って自分の鼻を相手の首輪にぶつけてしまった。一瞬、ぽかんとした顔で固まるシロ。心の中で「大丈夫か」と思いつつ、笑いをこらえるのに少し苦労した。
帰り道、シロの足取りはまだまだ軽かった。ハスキー犬は本来、雪原を何十キロも走るために生まれた犬だ。この程度の散歩では、まだ序の口なのかもしれない。それでも、歩きながら時々こちらを振り返る。確認するように、安心するように。その仕草が好きだと思う。
家に帰ると、シロは水をがぶがぶと飲んで、そのままタイルの床に大の字で倒れた。冷たい床に体を預けて、目を細める。その顔が、どこか満足そうだった。今日もいい散歩だったと、たぶんシロも思っているはずだ。窓から差し込む夕方前の光が、シロの白い毛をやわらかく照らしていた。この光と、川の匂いと、あの入道雲のことを、ずっと覚えていると思う。
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