
九月の終わりごろ、空気がようやく秋らしくなってきた朝のことだった。
リビングの窓から差し込む光は、まだどこか夏の名残を引きずりながらも、やわらかく床に広がっていた。その光の中に、ルナがいた。シベリアンハスキーのルナ。うちに来て、もうすぐ一年になる。
最初、わたしはハスキー犬を飼うことにずいぶん迷っていた。大型犬で、運動量が多くて、抜け毛がすごくて——そんな情報ばかりが頭に浮かんだ。オオカミのような顔立ちも、正直なところ少し怖かった。子どもがいる家庭に向いているのかどうか、何度も調べた。夜中にスマホを握りながら、ブリーダーのサイトを読んだり、飼い主たちのブログを読んだり。そのたびに、心の中で「でも……」という言葉が浮かんだ。
シベリアンハスキーは、その強面な見た目に反して性格はたいへん友好的で、飼い主さんには従順な一面を見せ、子どもにもよく慣れると言われている。
そう書いてあるのを読んだとき、少しだけ、気持ちが動いた。
ルナがうちに来た日、四歳の息子・こうたは最初こそ後ずさりしたが、三十分も経たないうちにルナの背中に顔を埋めていた。ルナはされるがままに、ただじっとしていた。尻尾だけが、ゆっくりと左右に揺れていた。
あの光景を思い出すたびに、迷っていた自分が少し恥ずかしくなる。
人間の子供とペットが「きょうだい」のように仲よくなる——そんな話をよく聞くけれど、ハスキーが小さな子供のそばにそっと寄り添う姿は、まさにそのものだった。
ルナも、こうたのことを守るべき存在だと思っているのかもしれない。
大人しくて優しい、人懐っこいというのがシベリアンハスキーの性格としてよく語られる。
その通りだと思う。ルナは知らない人にも尻尾を振るし、公園で会った子どもたちにも臆せず近づいていく。人懐こい、というよりも、人が好きでたまらない、という感じだ。
ただ、正直に言えば、大変なこともある。
シベリアンハスキーはそり犬だったため、運動欲求が強くスタミナがある。エネルギーが充分に消費されないとストレスをためてしまうことがあるので、毎日、朝晩一時間程度の散歩を欠かさないようにしたい。
これは本当のことで、わたしたちも最初の二ヶ月は散歩のペースをつかむのに苦労した。夫が早起きして朝の散歩を担当し、夕方はわたしとこうたが一緒に出かける。こうたはルナのリードを握りたがるのだが、引っ張られてよろけることも多い。先日は、水たまりの前でルナが急に立ち止まり、こうたがそのままルナの背中に顔をぶつけた。ふたりとも無事だったけれど、こうたが「ルナ、急に止まらないでよ」と本気で怒っていて、わたしは笑いをこらえるのに必死だった。
秋の夕暮れ、散歩から帰ってきたルナは、玄関でしばらく息を整えてから、リビングの定位置に戻る。近所にある「ノルディカ」というインテリアショップで買ったウールのラグの上が、ルナのお気に入りの場所だ。そこに丸くなって、目を細める。その顔が、穏やかで、なんだか満足そうで。
こうたがルナの隣に座って、絵本を開く。ルナはうとうとしながらも、こうたの手の動きをときどき目で追っている。夫がキッチンでお茶を入れる音がする。カップを渡してくれた夫の手が、少し温かかった。窓の外では、金木犀の香りが風に乗って流れてきた。
この家族の時間が、穏やかで、満ちていると感じる瞬間がある。
ハスキー犬を迎えることを迷っている人に、わたしが伝えたいことはひとつだけだ。怖くない。むしろ、あの青い瞳に見つめられると、なぜかこちらが安心してしまう。ルナがいるから、この家はもっと家族になった気がする。うまく言えないけれど、そういうことだと思う。
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