
朝の六時半、まだ空気がひんやりと湿っている時間帯に、わたしはリードを手に玄関を出る。隣には、アイスブルーの瞳をした我が家のハスキー犬、ノルト。彼は扉が開いた瞬間から鼻をひくつかせ、尻尾をぐるぐると回し始める。まるでプロペラのように。その姿を見るたびに、「今日も楽しい散歩になりそうだ」と思う。
シベリアンハスキーはクールな見た目とは裏腹に、陽気で甘えん坊な性格を持つ犬種だ。
外見だけ見ると凛々しくてワイルドで、近所の子どもたちが「オオカミだ!」と叫んで逃げることもある。でも実際のノルトは、公園で出会った見知らぬおじいさんに自分から近づいて、その膝に頭をのせるような犬だ。
ハスキー犬と散歩をするうえで、まず知っておきたいのは「彼らにとって散歩は単なる運動ではない」ということ。
シベリアンハスキーはロシアのシベリア地方を原産とし、長距離を一定のペースで走り続ける能力に優れ、耐寒性と持久力を重視して改良されてきた犬種だ。
その歴史が体の中に刻まれているから、散歩に出ると前へ前へと引っ張ろうとする。これをただ「わがまま」と捉えてしまうと、お互いにとって苦しい時間になってしまう。
では、どうすれば飼い主もハスキーも楽しく歩けるのか。
コツのひとつは、コースに「変化」を仕込むことだ。毎朝同じ道を歩くだけでは、
好奇心旺盛で活発なハスキーは退屈すると破壊行動や脱走癖につながることがある。
だから週に二、三回は違うルートを選ぶようにしている。たとえばわたしがよく使うのは、住宅街を抜けた先にある「ヴェルデ緑道公園」沿いのコース。ここは舗装路と未舗装の土道が交互に現れて、ノルトが匂いを嗅ぎながらゆっくり歩ける区間がある。土の感触が肉球に伝わるのか、アスファルトの上とは明らかに歩き方が違う。足取りが柔らかくなって、耳がぴんと立つ。
シベリアンハスキーには1日2回各1時間のお散歩が必要だとされている。
最初にそれを知ったとき、正直「そんなに?」と思った。でも実際に続けてみると、散歩が習慣になったのはノルトだけじゃなく、わたし自身もだった。朝の光の中を歩くことが、一日のスタートになった。
秋口のある朝のこと。金木犀の香りが漂い始めた路地で、ノルトが突然立ち止まった。何かを見つけたのか、鼻先を地面に押しつけてフンフンと嗅ぎ続ける。待つこと三十秒。それがどれほど長く感じられるか。リードを軽く揺らしてみても動じない。(これ、完全に無視されてる……)と心の中でひっそりツッコミを入れつつ、わたしはただ空を見上げた。うろこ雲が広がっていた。それはそれで、悪くない時間だった。
散歩を楽しくするもうひとつのコツは、「止まること」を怖がらないことだ。ハスキー犬は嗅覚が鋭く、匂いから膨大な情報を読み取っている。立ち止まって嗅がせる時間を意図的につくることで、彼らの精神的な満足度がぐっと上がる。距離よりも「質」を大切にする、という感覚に近い。
シベリアンハスキーは体高50〜60cm・体重20〜27kgと大型で、1日2〜3時間の運動を欠かせない犬種だ。
その事実だけ聞くと大変に思えるかもしれないが、コツをつかんでしまえば、散歩そのものが飼い主にとっての楽しみに変わる。ノルトと歩くようになってから、わたしは近所に新しいパン屋があることに気づいたし、川沿いに桜の木が何本あるかも数えた。子どもの頃、通学路の石畳の数を数えながら歩いていたあの感覚に、少し似ている。
シベリアンハスキーは見た目に反して性格は優しくて友好的で、飼い主に対して愛情深いパートナーになってくれる犬種だ。
散歩のあと、玄関でリードを外した瞬間にノルトがわたしの手をぺろりと舐める。その舌の温かさが、今日も一日を始めるちょうどいい合図になっている。
ハスキー犬との散歩は、ただ犬を連れて歩く時間じゃない。それはふたりで世界を読み解く、小さな冒険だ。
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