
朝の七時すぎ、台所からコーヒーの香りが漂ってくる。まだ夏の始まりで、窓の外には薄い水色の空が広がっていた。カーテンの隙間から差し込む光が、フローリングの上に細長い帯を作っている。そのちょうど真ん中に、ルナがいた。
ルナというのが、うちのハスキー犬の名前だ。シベリアンハスキー、二歳。黒と白のツートンカラーに、左だけ薄いブルーのオッドアイ。
そのクールな見た目から「怖い」「威圧的」といったイメージを持たれがちだが、実際にはその見た目に反した陽気でフレンドリーな性格をしている。
まさにそのとおりで、ルナはどこからどう見ても「怖い犬」の顔をしているのに、初対面の人間に尻尾を振りながら突進していく。
わたしがハスキーを飼うことを決めたのは、三年ほど前のことだった。子どもの頃、近所に大型犬を飼っているおじさんがいて、その犬が怖くてたまらなかった。だから大型犬とは一生縁がないものだと思っていた。でも、SNSで見かけたハスキーの動画が、なぜかずっと頭から離れなかった。オオカミみたいな顔で、なのに飼い主の膝の上で眠っている。あのギャップが、ずるかった。
現在では、日本人の犬の飼育技術が向上し、ハスキーのような犬種でもしっかりとトレーニングをこなし、住環境を整えられるようになったことで、ハスキーの人気が再び高まっている。
そういう背景もあって、今はハスキーを家族に迎える人が少しずつ増えているらしい。
うちには三歳の娘がいる。名前はことね。ことねがルナと初めて会った日のことは、今でもよく覚えている。ことねは最初、ルナの大きさに驚いてわたしの後ろに隠れた。でもルナは無理に近づかず、ただ床にふせて、じっとことねを見ていた。五分くらいそうしていただろうか。ことねがそっと手を伸ばすと、ルナはゆっくり鼻先を近づけて、ふんふんと匂いを嗅いだ。それだけだった。
仲間と思っているのか、兄弟と思っているのか、ワンコは甘えるというより守る感じで接している。
今のことねとルナの関係は、まさにそんな感じだ。
性格は穏やかだが、とても力が強いので、興奮した際などに人を転倒させてケガを負わせてしまう可能性がある。
だから散歩のときはまだわたしかパートナーが必ずリードを持つようにしている。ことねに持たせてあげたいけれど、ルナが走り出したら三歳児では止められない。これはもう少し先の楽しみにとっておくことにした。
ある朝のこと。わたしがキッチンでコーヒーを淹れていたら、ことねがリビングからおかしな声で笑い始めた。何事かと見に行くと、ことねがソファに座って絵本を読もうとしているのに、ルナが膝の上に頭を乗せて動かないのだ。ことねは絵本を持ち上げたまま、ルナの頭越しにページをめくろうとしていた。ルナはまったく気にしていない。そういうところが、ハスキーらしいというか——「わたし今邪魔してますか?」という自覚がゼロなのだ。
そっと寄り添ったり、鳴き声で気持ちを伝えたりする姿は、毎日に温かさを運んでくれる。
ルナが家族の一員になってから、家の中の空気が変わった気がする。うまく言葉にできないけれど、なんというか、余白が増えた。ことねが転んで泣いていると、ルナがそっと横に来て寝そべる。パートナーが仕事で疲れて帰ってきたとき、玄関で待っていて足元に顎を乗せる。そういう小さな仕草が、家族という言葉の輪郭を少しずつ濃くしていく。
ハスキーを飼うことを迷っている人に、一つだけ伝えたいことがある。
ハスキーとの暮らしは、確かに他の犬種と比べて工夫や配慮が必要な部分もあるが、しっかりと知識を身につけ、家族で協力すれば決して不可能ではない。
運動量の多さや、換毛期のブラッシングや、そういった現実的なことは確かにある。でも、それ以上に、ルナがいることで生まれる穏やかな時間の方が、わたしにはずっと大きい。
先日、近所にできたペット用品のセレクトショップ「ノルデンハウス」でルナ用の新しいブラシを買った。帰り道、ことねがルナのリードを「持ちたい」と言って聞かなかった。結局、わたしが後ろからことねの手ごとリードを握る形で歩いた。ことねは満足そうに、ルナはいつも通りぐいぐい引っ張りながら、三人で夕暮れの道を歩いた。
ルナの被毛が夕陽を受けて、少しだけ金色に光っていた。
飼い主にとって「人生の宝物」のような存在に
なる——そういう話を読んだとき、最初はすこし大げさかなと思った。でも今は、そうかもしれないと思っている。
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