
梅雨が明けたばかりの朝、空気がまだ少しだけ柔らかかった。七月の光にしては優しすぎるくらい、金色がゆっくりと地面に降りてくる時間帯だった。
うちのハスキー犬、シロ(正式な登録名は「ノルドヴィント・シロ」という、ちょっと大げさな名前だ)は、玄関のドアが開く音を聞いた瞬間にもう走り出していた。リードを持つ手がぐいっと引かれて、こちらはまだ右足の靴紐を結び終えていない。そのまま半端な状態で引きずられるように外へ出た。靴紐は結局、近所の電柱のそばでこっそり結び直した。
散歩コースはいつも、住宅街を抜けて「緑丘公園」の外周を一周する、だいたい四十分ほどのルートだ。いい天気の日は特に、シロの足取りが違う。アスファルトを蹴る音が軽くて、耳がぴんと立って、尻尾がくるりと背中側に巻き上がっている。
シベリアンハスキーはかつて極寒のシベリアでそり犬として何十キロもの距離を走ってきた歴史を持ち、その運動本能と体力は他犬種と比較しても突出している。
それを知ってから、シロが嬉しそうに走るたびに、遠い雪原の記憶がこの体の中に残っているのかもしれない、と思うようになった。
朝の公園には、薄荷のような草の香りが漂っていた。前夜の雨がまだ葉の裏に残っていて、シロが茂みに鼻を突っ込むたびに、水滴が散って光った。地面は少しだけ湿っていて、足裏に伝わる感触が柔らかい。シロはそこで立ち止まり、深く、深く息を吸い込んだ。その横顔がやけに真剣で、まるで何かを読み解こうとしているみたいだった。
シベリアンハスキーはオオカミのような見た目に反して、実際は明るく天真爛漫な性格だ。
それでも、こういう瞬間のシロはどこか遠い目をしていて、こちらの声が届いていないような気がする。子どもの頃、図鑑でシベリアンハスキーの写真を見て「オオカミみたいでこわい」と思ったことを、ふと思い出した。あのときの自分に、「いつかこの犬に靴紐も結ばせてもらえなくなるよ」と教えてあげたい。
いい天気というのは不思議なもので、犬も人間も、なぜか少しだけ遠くまで歩きたくなる。いつもは公園外周を一周して終わりなのに、この日はそのまま川沿いの遊歩道まで足を延ばした。川面が朝の光を反射してきらきらと揺れていて、シロはそれをじっと見ていた。青い瞳に、川の光が映り込んでいた。
シベリアンハスキーはサクサクと真っすぐ進んでいくタイプで、スピードは飼い主に合わせてくれるのでスムーズな散歩ができる。
確かにシロもそうで、こちらが立ち止まれば待つし、歩き出せば並んで歩く。引っ張られることはあっても、置いていかれることはない。それがなんだか、ありがたかった。
帰り道、シロが突然立ち止まって、道端の小さな石を鼻でつついた。何があるのかと覗き込んでも、何もない。ただの石だ。それでもシロは三秒ほど真剣に石を見つめ、それから何事もなかったように歩き出した。こちらはその三秒間、完全に置いてけぼりだった。
飼い主とシベリアンハスキーのコミュニケーションを深めるための散歩では、飼い主自身がリラックスした態度で臨むことが大切だ。犬は飼い主の気持ちを敏感に察知する。
だから、こちらが焦ったり、急いだりしているときは、シロの歩き方も少し変わる気がする。今日みたいに、何も考えずにただ歩いているとき、シロはいちばん伸びやかだ。
家に戻ってから、シロは玄関先でひとつ大きく伸びをして、そのままぺたりと横になった。毛並みに朝の光がまだ少し残っていて、触れると温かかった。ふわりとした感触と、かすかな草の匂い。散歩の記憶が、手のひらにしばらく残っていた。
ハスキー犬と歩く朝は、いつも少しだけ、世界が広くなる。それだけで、もう十分だと思う。
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