
九月の朝はまだ少し湿気を含んでいて、駐車場のアスファルトが夜露でうっすら光っていた。助手席のドアを開けると、ロキ——うちのシベリアンハスキー犬——はすでに後部座席でくるりと一回転し、「まだ出発しないの?」とでも言いたそうな目でこちらを見ていた。その澄んだ青い瞳に見つめられると、どんなに眠くても目が覚める。今日はここから長野の山あいにある「霧ノ沢(きりのさわ)」まで、片道約四時間の遠距離移動だ。
ハスキー犬と車で長距離を移動するとき、まず最初に意識したいのは出発前の準備だ。
出発の少なくとも二時間前には食事を済ませておくこと。満腹のまま車に乗ると車酔いしやすくなってしまう。
ロキは食いしん坊なので、朝ごはんを早めに済ませると「もうおやつは?」という顔で皿をじっと見つめる。その視線の圧がすごい。でも、ここは心を鬼にして我慢してもらう。
出発前には必ず散歩をして、トイレを済ませておくことも大切なポイントだ。
車の揺れで尿意が起きやすくなるし、何より本人の体への負担が違う。
車内環境の整え方も、遠距離移動の快適さを左右する大きな要素になる。
穏やかな音楽を流して、お気に入りの毛布やおもちゃを側においてあげると、安心感につながる。
うちでは、ロキが子犬のころから使っている古びたブランケットを必ず持参する。洗っても洗っても消えない、あの独特の「ロキのにおい」が染み付いたやつだ。人間にはちょっと複雑な香りだが、本人には最高の安心グッズらしい。
大型犬には後部座席や荷室に敷いて使えるドライブシートや犬用のシートベルトを使うと安心だ。
ハスキー犬はがっしりした体格をしているので、万が一の急ブレーキのことを考えると、しっかり固定できるハーネス型のシートベルトは必需品といえる。
高速道路に乗ってしばらくすると、ロキはブランケットの上でうとうとしはじめた。大きな耳がぺたんと倒れ、目がとろんとしてくる。あの瞬間の柔らかさといったら、言葉にならない。窓の外には九月の朝日が斜めに差し込んでいて、車内がじんわりと温かくなってきた。エアコンの設定をすぐに確認する。
犬は体温調整が苦手なため、熱中症への対策は欠かせない。エアコンは25℃前後に設定し、後部座席にも冷気が届くようにするのがおすすめだ。
長距離の場合、パーキングエリアやサービスエリアでのこまめな給水やトイレタイムが大切だ。
目安は一〜一時間半に一度。ロキを外に出すたびに、周りの人たちが「わあ、ハスキーだ」と足を止める。その人気ぶりに、こちらまで誇らしい気持ちになる。ただし、外に出す際は必ずリードをつけること。興奮して走り出すと、ハスキー犬の引っ張る力は相当なものだ。以前、サービスエリアで油断して、危うく一緒に走らされそうになったことがある。あれは完全に私の失敗だった。
車は早く流れる景色やエンジンの振動、狭い空間など犬にとってストレスがかかりやすい場所だ。
だからこそ、ふだんから少しずつ車に慣れさせておくことが、遠距離移動の成功につながる。ロキが初めて車に乗ったのは生後三ヶ月のころで、動物病院への往復十分だけだったが、帰り道には疲れてぐっすり眠っていた。あの小さな寝顔を思い出すと、今でも胸がじんとする。
霧ノ沢に着いたのは昼前だった。山の空気はひんやりとしていて、松の葉の香りが鼻をくすぐった。車のドアを開けた瞬間、ロキはすっくと立ち上がり、鼻をひくひくさせながら新しい世界を全身で受け取っていた。ハスキー犬と車で遠距離を移動するのは、確かに手間がかかる。でも、あの瞬間の顔を見るたびに、連れてきてよかったと思う。準備をしっかり整えて、安全に、そして一緒に遠くへ行こう。
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