
空気が変わった、と思ったのはつい最近のことだ。夏の重たい湿気がようやく引いて、朝の光がすこし斜めになってきた。そういう季節の変わり目に、ハスキー犬のルカは必ずといっていいほど玄関でそわそわし始める。まだリードを手にしていないのに、もう体全体で「行くよね?」と訴えてくる。その圧が、なかなかすごい。
10月の朝、午前8時ごろの近所の公園は、まだ人もまばらで静かだ。落ち葉が一枚、二枚と風に押されて舗装の上を滑っていく。ルカはその音に反応して耳をぴんと立て、鼻をぐいっと地面に近づける。乾いた土と草の混じったにおいをたっぷり吸い込んで、それから満足そうに顔を上げた。その横顔が、どこか誇らしげで好きだ。
シベリアンハスキーはオオカミのようなシャープなマスクが特徴的で、人にも他の犬にもフレンドリーであり、そり犬の歴史に培われた社会性の高い犬種だ。
それを知ってから、公園で出会う見知らぬ人たちへのルカの態度がよく理解できるようになった。誰に対しても尻尾を振る。老夫婦にも、ランドセルを背負った小学生にも、ジョギング中の若い女性にも、ぜんぶ平等に。
散歩のルートはいつも同じ、「きりしま通り」沿いの遊歩道を抜けて小さな池のある公園まで往復するコースだ。距離にして約3キロ。
シベリアンハスキーは運動量の多い犬種で、1日2回、1回1時間以上の散歩時間を確保することが理想とされている。
それを知ったとき、正直「毎日?」と少し怯んだ。でも今では、この時間がないと一日が締まらない気がしている。むしろ私のほうが依存しているかもしれない。
今日はいい天気で、空の青が深かった。雲がほとんどなく、光が葉の隙間から細かく差し込んでいて、地面に揺れる木漏れ日の中をルカが歩いていく。白と黒のコントラストが鮮やかで、思わず立ち止まって見てしまった。そういうとき、スマートフォンを取り出すのだが、ルカはカメラを向けるとなぜかそっぽを向く。何度やっても、毎回そっぽを向く。これはもはや才能だと思う(本人は至って真剣な顔で別の方向のにおいを嗅いでいる)。
子どもの頃、実家で柴犬を飼っていた。散歩は父の役割で、私はたまについていくだけだった。あのころは犬と歩くことの意味なんて考えたこともなかったけれど、今になって思う。あの時間は、父にとっての「息抜き」だったんじゃないかと。毎朝6時に起きて、黙って犬と歩いて、帰ってきたら普通に朝ごはんを食べていた。そのルーティンの静けさが、今の自分に重なる。
シベリアンハスキーはロシアのシベリア地方を原産とする犬種で、もともとは極寒の環境下で荷物を運ぶそり犬として活躍してきたため、非常に高い持久力と運動能力を持っている。
だからこそ、涼しい秋の朝は彼らにとって最高のコンディションだ。ルカの足取りが夏とはまるで違う。ぐいぐいと前に出て、リードがぴんと張る。
ハスキーは走るために作られた犬で、非常に高いエネルギーレベルを持つ。
それを全身で感じながら、引っ張られるように歩いていく。
池のそばのベンチに腰を下ろすと、ルカは隣に座って水面をじっと見ていた。鴨が一羽、のんびりと泳いでいる。ルカはそれを追いかけるでもなく、ただ眺めていた。風が吹いて、草のにおいと水のにおいが混じって鼻をかすめた。ルカの耳が風に揺れる。その一瞬が、妙に長く感じた。
ハスキー犬との散歩は、「運動」というより「対話」に近い。彼が何かを嗅ぎ止まるたびに、私も立ち止まる。彼が走りたそうにするとき、私も少し速くなる。いい天気の日は特に、その対話が豊かになる気がする。言葉はないけれど、何かが通じている。そういう朝が、好きだ。
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