
ハスキー犬との散歩は、ただの「運動の時間」ではない。少なくとも、わたしにとってはそうだった。
結論から言えば、ハスキー犬との散歩を「楽しい時間」に変えるコツは、この犬の本能と気質をそのまま受け入れることにある。引っ張られるから大変、言うことを聞かないから疲れる——そう感じている人ほど、実は一歩だけ視点をずらすだけで、景色が変わる。
梅雨が明けたばかりの早朝、まだ空気がひんやりとしていた7月の朝のことだ。わたしは近所の「ツキシロ緑道」と呼ばれる小道を、シロという名のシベリアンハスキーと並んで歩いていた。アスファルトの隙間から草の青い匂いが立ち上り、遠くで自転車のベルが一度だけ鳴った。シロはその音に耳をぴんと立てて、でもすぐに前を向いた。その横顔が、どこか誇らしかった。
シベリアンハスキーは大型犬の中でも特に運動が必要な犬種で、1日あたり1〜2時間の散歩、距離にして8〜10km程度が理想的な目安とされている。
はじめてその数字を目にしたとき、正直「無理では」と思った。でも、毎朝30分ずつ積み重ねていくうちに、気づけば自分の足取りまで軽くなっていた。
ハスキーは気分屋な一面があるため、ルートや距離を自由にさせてあげると喜ぶ。飼い主が散歩に連れていくというよりは、迷子にならないよう付き添っているという感覚に近い。
これを知ってから、わたしはルートを決めるのをやめた。シロが行きたい方向へ、なんとなく付いていく。そうしたら不思議なことに、散歩がぐっと楽になった。
子どものころ、実家で飼っていた雑種犬のクロは、散歩中いつもわたしの手をぐいぐいと引っ張っていた。転んだことも何度かある。だから「大型犬の散歩は怖い」という先入観が、どこかずっと残っていた。シロを迎えたとき、同じ恐怖が頭をよぎった。
ハスキーは好奇心旺盛で後ろを振り返らず、ひたすらに走っていく。首輪がすっぽ抜けて愛犬を逃がしてしまい、数km全力疾走して捕獲した経験を持つ飼い主もいる。
笑えない話だが、笑ってしまう。シロも一度だけ、駐車場の脇でリードをすり抜けようとした。わたしが慌てて「ステイ!」と叫んだら、シロはくるりとこちらを振り返り、ちょこんと座った。まるで「わかってるよ」とでも言いたげな顔で。……いや、たぶんわかっていなかった。でも結果オーライだ。
散歩のコツとして、まず意識したいのは「時間帯」だ。
夏は熱中症対策が必須で、早朝や夜間の涼しい時間帯を選ぶことが重要とされている。
ハスキー犬はもともと極寒の地で育まれた犬種だから、夏の日中は特に体への負担が大きい。わたしが早朝の散歩にこだわるのも、そのためだ。地面に手を当ててみて、熱いと感じたらその日は時間をずらす。それだけで、シロの歩き方が全然ちがう。
次に大切なのは、リードの扱い方だ。
散歩中はハーネスや首輪のダブルリードを徹底し、万が一リードが外れても大丈夫なように備えることが推奨されている。
最初はハーネス一本だったが、ダブルリードに変えてから、わたしの肩への負担が明らかに減った。シロも、不思議と落ち着いて歩くようになった気がする。道具ひとつで、こんなに変わるのかと驚いた。
そして、最も効いたのは「褒めること」だった。
叱るよりも「褒めて伸ばす」ほうが効果的で、ご褒美や遊びを使った前向きなしつけが推奨されている。
シロが横について歩けたとき、大げさなくらい声をかける。すると翌朝、また同じことをしようとする。賢い犬は、嬉しかった記憶をちゃんと覚えている。
シベリアンハスキーはオオカミのようなワイルドな外見が特徴的だが、その外見とは裏腹に攻撃性は低く、友好的でおおらかな性格の持ち主だ。
散歩中にすれ違う人たちが、シロを見て一瞬だけ足を止める。その表情が、最初は緊張で、次の瞬間には「かわいい」に変わっていく。その変化を見るのが、わたしの密かな楽しみになっている。
ツキシロ緑道の突き当たりには、小さなベンチがある。シロとそこに並んで座り、水筒から白湯を一口飲む朝がある。シロはしばらく遠くの草むらを見つめて、それからふと、わたしの膝に顎を乗せる。その重さと温かさが、一日の始まりをやさしく押してくれる。
ハスキー犬との散歩は、たしかに体力がいる。でも、その分だけ返ってくるものがある。青い瞳が朝の光を受けてきらりと光る、あの一瞬のために、今日もリードを手に取る。
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