
夜明け前の午前五時、まだ空が群青色をしていた。助手席のクレートの中で、ハスキー犬のシロは鼻先だけをそっと外に出し、エンジンをかけた瞬間の振動に耳をぴくりと立てた。今日は長野県の山あいにある「藍染峠キャンプ場」まで、片道およそ四時間の遠距離移動だ。こういう日に限って、自分だけコーヒーを忘れてくる。カップホルダーを見て気づいたときの静かな絶望は、なかなかのものだった。
ハスキー犬を車に乗せるとき、最初に考えなければならないのは「慣らし」だ。
車は早く流れる景色やエンジンの振動、狭い空間など犬にとってストレスがかかりやすい場所であり、安全に楽しむためには事前に慣らしておくことが大切だ。
シロも最初は後部座席で小さく震えていた。それが今では、クレートに入った瞬間に尻尾を振る。慣れというのは、犬にも人にも優しい。
出発前の準備は、思っているより細かい。
車に乗る前は食事を与えないのが基本で、普段通りにご飯を与えてから乗ると車酔いや嘔吐の原因になる。
だから朝ごはんは抜き。シロが恨めしそうな目でこちらを見てくる。その目の青さが、早朝の薄明かりの中でやけに透き通って見えた。
犬は半日くらいご飯を与えなくても問題はなく、無理に与えてしまう方が危険だ。
そう分かっていても、あの瞳を前にすると少し罪悪感が湧く。
トイレも出発前に済ませておくことが重要だ。
特に外でしか排泄できないワンちゃんにとって、長距離移動はかなりの負担になるため、万が一のときに備えてクレートにトイレシーツを敷いておくなどの対策をすると安心だ。
ハスキー犬は体が大きい分、クレートの中でも存在感がある。シロが体勢を変えるたびに、クレート全体がごとりと揺れる。
走り出してしばらくすると、高速道路の光が白く伸びていく。窓の外を流れる景色に、シロは静かに目を閉じた。
ドライブ中に大切なのはこまめに休憩を取ることで、休憩のたびに愛犬の体調を確認したり運動させたりすることが理想的だ。休憩は一〜二時間につき二十〜三十分程度が目安とされている。
サービスエリアに立ち寄ると、シロは駐車場の端の草むらにまっすぐ向かい、思い切り地面の匂いを嗅いだ。アスファルトと土の境目、夏草のむっとした熱気、そして朝露が残る葉の冷たさ。ハスキーの鼻はそのすべてを、ゆっくりと読み取っていくようだった。
犬の適温の目安は二十一〜二十五度が推奨されており、クレートやキャリーの中は熱がこもりやすいため、愛犬の様子をこまめに確認し、車内の温度や空気の流れを調節することが必要だ。
七月の遠距離ドライブでは、これが特に重要になる。シロは寒冷地原産のハスキー犬だ。夏の車内は、彼にとって想像以上に過酷な環境になりうる。エアコンの吹き出し口をクレートの方向に向け、直射日光が当たる窓にはサンシェードを貼る。そういう小さな気遣いの積み重ねが、長い旅を安全にする。
水分が足りなくなれば脱水症状を引き起こすため、一度に欲しがるだけ飲ませるのではなく、こまめに少量の水分補給を心がけることが大切だ。
ペットボトルに入れた水と、折りたたみ式のシリコンボウル。これは遠距離移動のたびに必ずバッグに入れるようにしている。子どもの頃、家族で行ったドライブ旅行で犬が車酔いして大変だったあの記憶が、今でも準備の丁寧さにつながっている気がする。
運転中に犬を膝の上に乗せたり、車内を自由に移動させた状態で走行したりすることは、一見ほほえましく見えても実は危険な行為だ。
ハスキー犬は体格が大きく力も強い。走行中に突然動けば、ハンドル操作に影響が出ることもある。どれだけ信頼関係があっても、移動中はクレートかシートベルトで固定することを習慣にしたい。
藍染峠キャンプ場に着いたのは、ちょうど昼前だった。標高が上がるにつれて気温が下がり、松の香りが車の中まで流れ込んできた。シロはクレートの扉が開いた瞬間、一気に外へ飛び出し、山の空気を全身で吸い込んだ。その姿を見ていると、長い車移動の疲れが、すっと消えていくような気がした。
遠距離移動は準備が九割だ。ハスキー犬との旅はとくに、彼らの体質と気質を理解した上で計画を立てることが大切になる。でもその分、目的地に着いたときの喜びは、ふたり分になる。
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