
五月の朝は、思いのほか早く明ける。カーテンの隙間から差し込む光が薄いオレンジ色をしていて、まだ眠気の残る目にじんわりと染み込んでくる。そんな朝に、私はいつも少し早起きをする。理由はシンプルで、ハスキー犬の「シロ」を連れた遠距離移動の準備には、想像以上に時間がかかるからだ。
シベリアンハスキーは、近ごろSNSやブログでも人気が再燃している。
換毛期を迎えてモコモコが増す季節になると、ハスキーたちの日常を綴るブログには「早くも日陰に避難するうちのワンコ」といった投稿が並ぶ。
あの大きな体と青い瞳。見ているだけで気持ちが解けていくような存在だ。けれど、そのハスキー犬を連れて車で長距離を移動するとなると、話はまったく別になる。
出発前夜、私は「ノルドパック」というアウトドアブランドのトートバッグに荷物を詰めながら、チェックリストを何度も見直していた。
リード、首輪、ハーネス、給水用皿、水、フード、おやつ、ペット用ウェットティッシュ、そして狂犬病予防接種と混合ワクチンの接種済証明書。
これだけ並べると旅というより遠征に近い。証明書は現地の病院やドッグランで必要になることがあるから、絶対に忘れてはいけない。去年、一度だけ証明書を忘れてSAのドッグランに入れなかった苦い記憶がある。シロに「ごめんね」と言ったら、まるで分かっているかのようにため息をついた気がして、心の中でそっとツッコんだ。「お前、ため息つけるのか」と。
食事のタイミングも重要で、乗車の少なくとも2時間前にはごはんを済ませておくのが理想的だ。空腹すぎても自律神経が乱れて車酔いしやすくなるため、食事をとってから3〜6時間後の出発がベストとされている。
シロは食いしん坊で、ごはんの時間になると後ろ足で立ち上がって催促してくる。だから朝5時に少なめのごはんを出して、7時に出発という段取りを組んだ。
出発前には必ずトイレを済ませておくことも大切だ。車の揺れによって普段より尿意が起こりやすくなるため、排泄を我慢させることが犬の身体への負担になる。
玄関を出たとき、朝露の残る草の香りがふわりと漂ってきた。シロは鼻をひくひくさせながら、いつもより少し長く地面の匂いを嗅いでいた。その仕草がなんとも愛おしくて、しばらくリードを持ったまま立ち尽くしてしまった。
車は早く流れる景色やエンジンの振動、狭い空間など、犬にとってストレスがかかりやすい場所だ。
だからこそ、クレートの中には使い慣れたブランケットを敷いている。家の匂いが染み込んだあの毛布があるだけで、シロは格段に落ち着く。
普段からキャリーケースをハウスにしていれば、室内の環境がそのまま車内の環境になるので、ストレスをやわらげる対策にもなる。
これは本当にそうで、最初の頃は車に乗せるたびにシロは震えていたのに、今では自分からクレートに入っていく。
犬は人間以上に揺れや振動に敏感なので、できるだけ急発進や急ブレーキは避けるべきだ。特に山道はカーブが多くなるため、ゆっくり走ることを心がける。
高速道路を使うのは、単純に時間の短縮だけが目的ではない。
最近ではドッグランがついている高速道路のパーキングが増えていて、1時間半に1回ほど立ち寄って走らせてあげると、車の中でよく寝てくれるようになる。
シロが後部座席のクレートの中でうとうとし始めたのは、出発から2時間ほど経った頃だった。バックミラー越しに見えた、目を細めてゆっくりと瞼を落としていくその表情。あの瞬間だけは、長距離移動の疲れも、朝5時起きの眠さも、全部どこかに消えてしまう。
真夏のお出かけは特に注意が必要で、エアコンをつけたまま犬を車内に置いておいても、走行していなければエアコンが十分に効かないため、熱中症を起こしている事例もある。
ハスキー犬はダブルコートで暑さに弱い犬種だ。車を離れるときは、たとえ5分でも絶対にシロを一人にしない。それだけは、どんなに急いでいても守ると決めている。
遠距離移動は、確かに大変だ。準備に時間がかかるし、気を遣うことも多い。でも、目的地に着いたとき、シロが初めての場所の風を全身で受けながら立っている姿を見ると、やっぱり連れてきてよかったと思う。あの青い瞳が、遠くの山を映している。それだけで、もう十分だった。
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