
空が、やけに青かった。
10月の後半にしては風が穏やかで、日差しもどこかやわらかく、アスファルトの上に木の葉の影がゆらゆらと揺れていた。そんないい天気の午後、私はハスキー犬のロキと一緒に、いつもより少し遠い道を歩いていた。
リードを手に取った瞬間から、ロキはもう別の生き物になる。
玄関のドアが開く前から尻尾が激しく揺れ始め、体全体でよろこびを表現している。こちらが靴紐を結んでいる間も、じっとしていられない。ハスキー犬というのは、散歩に対してこれほどまでに全力なのかと、一緒に暮らして二年が経った今でも、少し驚く。
外に出ると、金木犀の香りがまだかすかに残っていた。今年はいつまでも香りが続くなと思いながら、ロキの背中を見る。白と灰色の毛並みが秋の光を受けて、少しだけ輝いて見える。その毛は思っているよりずっと硬くて、触れると指の間にさらっとした感触が残る。
ハスキーは何時間でも外で過ごせるほど、外が大好きな犬種だ。
ロキもそうで、散歩に出るといつも帰りたがらない。私が立ち止まって空を見上げると、ロキも一緒に立ち止まって、同じ方向を見ていたりする。何を考えているのかは、まったくわからない。
近所の「ノルテ公園」と呼ばれる小さな広場に差し掛かったとき、ロキが突然スピードを上げた。リードをぐっと引かれて、私の体が前のめりになる。芝生の匂いでも嗅ぎつけたのか、それとも単純に走りたかっただけなのか。
広い場所に来ると嬉しいんだろう、リードをぐいぐい引っ張って、こっちが引きずられそうになる。
「おい、落ち着け」と声をかけたけれど、当然のように聞いていない。
子どものころ、近所に大きな柴犬を飼っている家があって、その犬に引きずられながら散歩しているおじいさんをよく見かけた。「犬に散歩させられてる」と笑っていたけれど、今は完全に同じ立場だ。人間というのは、なかなか学ばない生き物だと思う。
公園の端に差し掛かると、ベンチに座った老夫婦がロキに気づいて微笑んだ。
フェンス越しに見つめるハスキーの姿は「もう帰っちゃうの?」と語りかけているかのようだ、
とどこかで読んだことがあるけれど、ロキはそんな殊勝なタイプではなく、老夫婦のほうへ一直線に向かっていった。おじいさんが差し出した手をぺろりと舐めて、しっぽを振り続けている。
散歩中にすれ違う人に撫でてもらうたびに、感情を全身で表現する。
それがハスキーという犬の、どうしようもなくかわいいところだ。
帰り道、夕方に向かいはじめた空がオレンジと水色の境目みたいな色になっていた。ロキの足取りはまだ軽く、まだ歩けると言わんばかりにぐいぐい前へ進もうとする。私のほうが先に疲れていた。情けない話だけれど、それもまた本当のことだ。
ハスキー犬と歩くいい天気の午後というのは、どこか特別な時間の流れ方をする。急かされているのに、不思議とのんびりしている。引っ張られているのに、なぜか穏やかな気持ちになる。ロキが立ち止まって風の匂いを嗅ぐたびに、私も同じ方向に顔を向けて、同じ空気を吸う。
散歩というのは、犬のためだけじゃないのかもしれない。この10月の午後の光と、金木犀の残り香と、ロキの白い背中を、しばらくは忘れないでいられそうだ。
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