ハスキー犬がやってきた日――友人たちと過ごした、秋の午後のこと

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十月の終わりが近づくと、空気がすこし違う顔をする。光の角度が変わって、夕方になる前からもう金色に傾いてしまう。そういう午後のことだった。

友人の麻衣が、大きなリードを握りしめながら玄関先に現れた。その後ろから、どしん、どしん、と重心の定まらない足音が続いて、ようやく姿を現したのが彼女のハスキー犬、「ノルド」だった。
立ち耳とふさふさした尾、そして左右で色の違うオッドアイ
――片方が青く、もう片方がうすい琥珀色をしていて、初めて見た人間はたいてい言葉を失う。わたしもそのひとりだった。

ノルドは玄関をくぐるなり、わたしの足元をぐるりと一周して、それからソファの匂いを確かめ、台所の方角をじっと見た。何かを探しているのか、それとも単純に好奇心なのか。
ハスキーは家族と一緒に活動することを好み、散歩や引っ張りっこなど体を使う時間が大好きな犬種
だと麻衣から聞いていたけれど、この子の落ち着きのなさはそれだけでは説明しきれない気がした。

友人たちが集まってきたのは、昼過ぎを少し回った頃だった。ケンジは缶ビールを持参し、ユイはなぜかクッキーを三袋も抱えてきた。「ハスキーに会いに来たんだか、お菓子を食べに来たんだかわからないね」とケンジが笑うと、ユイは「両方です」と即答した。そういうやりとりが、この友人たちとの午後にはよく似合う。

ノルドと一緒に遊ぶことになったのは、自然な流れだった。庭に出ると、ノルドはたちまち走り出した。落ち葉を踏む音がぱりぱりと響いて、その音の中に秋が詰まっているような気がした。麻衣が投げたボールを追いかけて、ノルドは一瞬だけ振り返る。目が合うと、尻尾がゆっくり左右に揺れた。

クールな印象と陽気で人懐っこい性格が同居していることこそ、シベリアンハスキーの大きな魅力
だと改めて思う。ノルドは凛々しい顔をしているくせに、ユイがしゃがんで手を差し伸べると、まるで子犬みたいに耳を倒してすり寄っていった。ユイが「かわいい……」と呟きながら、そっと頭を撫でる。その手の動きが、とても穏やかだった。

わたしは縁側に腰を下ろして、しばらくその光景を眺めていた。庭から漂ってくる金木犀の残り香と、乾いた土の匂いが混ざり合って、鼻の奥に秋の輪郭をなぞっていく。空はすでに西から橙色に染まり始めていて、ノルドの白と黒の毛並みがその光を受けてやわらかく輝いていた。

思い出したのは、子どもの頃のことだ。実家で柴犬を飼っていた時期があって、その犬が庭を走り回るたびに、わたしはいつも後を追いかけていた。犬の後ろを走ると、なぜかどこにでも行けるような気がしたのだ。今日のノルドを見ていると、その感覚がどこかからふわりと戻ってきた。

ケンジがわたしの隣に座って、「犬っていいよな」とだけ言った。それ以上は何も続けなかったけれど、その一言で十分だった。

ひとつだけ、笑ってしまった場面がある。ユイがクッキーをひとつ取り出した瞬間、ノルドがすかさず反応して、ものすごい勢いで駆け寄ってきた。そのまま止まれずにユイの膝に頭突きをかまして、ユイのクッキーが宙を舞った。犬用ではないのに、ノルドは落ちたクッキーをじっと見つめ、それから麻衣の顔を見て、また床を見た。「ダメ」と言われて、しぶしぶ視線をそらす横顔が、どこか人間くさかった。

架空のインテリアブランド「ヴェルドノルド」の名前が頭に浮かんだのは、ノルドという名前と、今日の庭の風景がなんとなく重なったからかもしれない。北欧的なものへの憧れが、こういう日には自然と湧いてくる。

SNSでも「シベリアに帰れないハスキー」というキーワードが話題となり、ぬくぬくと過ごす姿が多くの人々を和ませている
という。それはきっと、ノルドのような子たちが、人の暮らしの中に静かに溶け込んでいるからだろう。

友人たちと過ごした秋の午後は、夕暮れとともにゆっくりと終わっていった。ノルドは最後、玄関先でもう一度振り返った。オッドアイが夕陽を受けて、金と青に光っていた。また来てね、と心の中で言った。声には出さなかったけれど、たぶん伝わっていたと思う。
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