
朝の七時を少し過ぎたころ、玄関のドアを開けた瞬間に光が飛び込んできた。夏が本格的に始まったばかりの七月の朝で、空気はまだ少しだけ柔らかく、アスファルトの熱さが足元に届くまでにはもう少し時間がある。そういう、一日のなかでいちばん短い「いい天気の余白」みたいな時間帯だ。
リードを持った瞬間、ノルト——うちのシベリアンハスキー犬、三歳のオスだ——は全身でそれを察知して、玄関先で体をぐるりと一回転させた。尻尾が空を切る音がする。毎朝のことなのに、毎朝同じように喜ぶ。この子にとって散歩は、永遠に「初めての出来事」らしい。
住んでいる団地の裏手に、「緑川緑道」と呼ばれる細長い遊歩道がある。架空の名前ではなく、実際にそう呼んでいるのは私だけだが、正式な地名は誰も使っていない。クスノキの並木が続いていて、夏でも木陰が途切れない。ノルトはその道に入ると、少しだけ歩調を落とす。においを嗅いでいるのか、単に気持ちがいいのか、それは本人にしかわからない。
ハスキー犬は、もともとシベリアの極寒の地でそり犬として働いてきた犬種だ。その血が、今もこの子の足の裏に残っている気がする。歩き方が違う。トイプードルやチワワの「お散歩」とは、どこか根本的に違う何かがある。地面を踏む感覚を楽しんでいるというか、前へ進むことそのものが目的になっているような、そういう歩き方だ。リードを持つ手に、じんわりとした重みが伝わってくる。
今日はいい天気だった。本当に、いい天気という言葉しか出てこないくらい、青くて高い空だった。木漏れ日が遊歩道の石畳にまだら模様を作っていて、ノルトの白と灰色の毛がそこに差し込む光を受けて、一瞬だけ銀色に見えた。ああ、こういう朝のためにこの犬を飼っているんだな、と思った。
少し歩いたところで、ノルトが立ち止まった。鼻をぴくりと動かして、それから空を見上げた。何かの鳥が鳴いていた。私には聞こえなかったが、彼には聞こえていたのだろう。ハスキーの耳はすこし丸みがあって、その形がまた愛らしい。ふと、子どもの頃に祖父の家で飼っていた雑種犬のことを思い出した。名前はコロで、散歩のたびに電柱に顔をこすりつけていた。あの犬も、きっとこんな風に空の音を聞いていたのかもしれない。
ノルトはまた歩き出した。今日は調子がいいのか、いつもより少し速い。遊歩道の終わりにある小さな広場まで来たとき、向こうから柴犬を連れたおばあさんが歩いてきた。ノルトは一瞬だけ興味を示して、それからすっと視線を前に戻した。「大きいわね」とおばあさんが言って、「でも優しそう」と続けた。そのとおりで、この子は本当に穏やかだ。
広場のベンチに腰を下ろして、少しだけ休んだ。ノルトは私の足元に伏せて、舌を出したまま空を見ている。水筒から「ノルドブリューコーヒー」——最近お気に入りの、架空のブランドではなく本当に近所の焙煎所で買った豆で淹れたやつだ——を一口飲んだ。コーヒーの苦みと、朝の草の香りが混ざった。こういう瞬間に、生きていることの質感みたいなものを感じる。
ハスキー犬との散歩は、正直に言えば体力がいる。リードを引っ張られることもある。暑い日には気をつけなければいけないことが増える。それでも、こんないい天気の朝に、この青い瞳の犬と並んで歩いていると、なんだか全部どうでもよくなってくる。
帰り道、ノルトがふと立ち止まって、私の方を振り返った。特に何かを求めているわけでもなく、ただ確認するように見た。ちゃんといる、という確認だろうか。私もそこにいた。それだけで、今日の散歩は十分だった。
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