ハスキー犬という存在——狼の顔をした、やさしい矛盾について

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五月の終わり、夕方の散歩道でそれは突然現れた。

公園の外れ、ベンチの脇に植えられたハナミズキがまだ白い花びらを残していて、西日が低く差し込んでいた時間帯のことだ。遠くから近づいてくる大きなシルエット。思わず足が止まった。オオカミ、と脳が誤認するより先に、その生き物はこちらに向かって尻尾をゆらゆら振りながら近づいてきた。ハスキー犬だった。青い瞳が夕光を受けて、少し透き通って見えた。

シベリアンハスキーは、オオカミのような風貌をしていながら、家で飼い主さんに見せる甘えた態度と、外でのそっけない態度のギャップも魅力のひとつだとされている。
あの日の子は、まさにそのどちらでもなく、ただ無邪気に尻尾を振っていた。その矛盾が、妙に愛おしかった。

そもそも、ハスキー犬とはどんな犬なのか。正式名称はシベリアンハスキー。
その祖先は、シベリア地方に住んでいたチュクチ族が飼育していた犬で、そり犬として、スピード・耐久力ともに優れていた。
1925年にはジフテリアが大流行したアラスカのノームの街へ、マイナス50度の猛吹雪の中を約1000kmにわたって血清を届けたのも、シベリアンハスキーの犬ぞりチームだった。
命を救った犬。そう聞くと、あの青い目の奥に何か深いものが宿っているような気がしてくる。

特徴は?と聞かれると、まず見た目の話になる。
立ち耳とふさふさした尾が特徴で、毛色は白黒、グレー、茶色などさまざま。特に青い目や、左右の目の色が違う「オッドアイ」は大きな魅力ポイントだ。
被毛はダブルコートで、極寒の地でも耐えられるよう密集したアンダーコートが特徴。換毛期には大量の毛が抜けるので、ブラッシングは欠かせない。

子どもの頃、近所に住んでいたおじさんが大型犬を飼っていて、わたしはその犬が怖くて仕方がなかった。吠えるわけでも、飛びかかるわけでもないのに、なんとなく近寄れなかった。でも今思えば、あれはただの怖がりだった。ハスキーに出会ってから、大型犬に対する印象がずいぶん変わった気がする。

外見からはワイルドなイメージを持たれがちだが、実際はとても人懐っこく、友好的な気質を持っている。特に大型犬の中では穏やかで優しい部類に入り、飼い主や家族との信頼関係を大切にする。
ハスキー犬を飼っている友人の家を訪ねたとき、玄関を開けた瞬間にふわりと温かい空気が来た。犬の体温のにおい、というか、毛並みの奥から漂うほんのりとした獣の香り。決して不快ではなく、むしろどこか懐かしい感じがした。友人が「ほら、おいで」と声をかけると、大きな体がのっそりとソファから降りてきて、わたしの膝に頭を乗せた。重かった。そして温かかった。

ちなみに、そのとき友人が淹れてくれたのは「ノルディックブレンド」という架空の名の北欧系スパイスコーヒーで、シナモンとカルダモンが少し効いていた。ハスキーの毛並みをなでながら飲むそれは、妙に似合っていた。

ただ、飼うとなれば覚悟も必要だ。
ソリをひいていた歴史のあるハスキーは、とても運動量の必要な犬種で、1日に60分程度の散歩を2回してあげるといい。
寒冷地方原産の犬種で日本の暑い夏が苦手なため、夏場は特に快適に過ごせるよう環境を整えることが大切だ。

シベリアンハスキーはとても賢く学習能力が高い犬種だが、好奇心旺盛な一面もあり、トレーニングをしているとき、ほかのことに気が向きやすい。
これは、ある意味でハスキーらしさでもある。言うことを聞かない、のではなく、自分の世界がある。そのプライドの高さが、またひとつの魅力でもある。

あの夕暮れの公園でハスキーと目が合った瞬間、飼い主らしき女性がリードを少し引いた。犬はちらりとこちらを振り返り、それからまた前を向いて歩き出した。その仕草が、なぜかずっと頭に残っている。振り返る、でも立ち止まらない。そういう生き物なのかもしれない。

ハスキー犬は、矛盾を体に宿した犬だ。狼の顔と、子どものような瞳。荒野を駆けた歴史と、膝の上で眠る今。その両方が本物で、どちらかだけでは語れない。だから、一度会うと忘れられない。そういう存在だと思う。
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