
朝の六時半、玄関のドアを開けた瞬間に、六月の空気がどっと流れ込んできた。湿り気を帯びているけれど、昨日の雨が洗い流したあとのような清潔さがある。空は高く、雲ひとつない。本当にいい天気だ、と思いながら、リードを持つ手にぐっと力が入った。
ユキが跳ねる。玄関先でもう、前足を浮かせて体全体でよろこびを表現している。シベリアンハスキーという犬種は、
膨大な運動量が必要で、最低でも60分、毎日2回の長距離散歩が理想的
とされているが、ユキにとって散歩はそういう「必要なもの」ではなく、もっと根源的な何かだと思う。走ることが、息をすることと同じくらい自然なのだ。
近所の「ノルテ緑道」と勝手に呼んでいる遊歩道に入ると、草の青い匂いが鼻をかすめた。踏みしめるたびに砂利がじゃりじゃりと鳴る。ユキの白と灰の被毛が朝の光を受けてぼんやり輝いていて、その青い瞳が左右にきびきびと動く。あちらの茂みに何かいる。こちらの電柱には昨日も別の犬が来た。ユキの鼻は、わたしには読めない物語を次々と読み解いていく。
子どものころ、祖父が柴犬を飼っていた。名前はコタロウ。散歩に連れていくたびに、コタロウはわたしの三歩先を歩いて、振り返らなかった。それがなんとなく寂しくて、でも誇らしくもあった。ユキはその逆で、わたしのことを確認しながら進む。二歩進んでは振り返り、目が合うと耳をぴんと立てる。その仕草がたまらなく好きだ。
シベリアンハスキーは基本的に活発で社交的、かつ知的で自立心が強い
と言われる。確かにそうかもしれない。でも、ユキを見ていると「自立心」という言葉では少し足りない気がする。自分の意志で世界を探索しながら、それでもちゃんとこちらを見ている。そういう絶妙なバランスが、この犬にはある。
緑道の途中、ベンチに老夫婦が座っていた。奥さんのほうが小さな水筒からお茶を注いで、旦那さんに渡す。その静かな動作に、なぜかこちらまで胸があたたかくなった。ユキはそちらへ向かいかけたが、わたしが「こっちだよ」と声をかけると、少し考えてから戻ってきた。少し、考えてから、というのがいかにもハスキーらしい。(心の中で「即座に従ってくれ」とツッコんだのは内緒だ。)
六月の朝はまだ涼しく、ユキにとっては快適な気温だろう。
シベリアンハスキーは寒さに強く、夏場は涼しい早朝や夜間に散歩の時間をずらすことが推奨されている
。だから今日みたいないい天気の朝は、ユキのためにある時間でもある。アスファルトがまだひんやりしていて、ユキの足音が軽い。
歩きながら思う。ハスキー犬と暮らすことは、自分のペースを手放すことに少し似ている。
毎日の散歩はシベリアンハスキーのストレス発散につながり、散歩を欠かすと破壊行為や鳴き声につながることもある
。それは義務のように聞こえるかもしれないが、実際に歩き続けていると、むしろ自分が救われていると感じる瞬間がある。今日みたいに空が青くて、草が光っていて、犬が全力で生きているような朝は、特に。
ユキが急に立ち止まった。何かの気配を感じたのか、鼻をひくひくさせて、しばらく動かない。風が一瞬やんで、あたりがしんとした。遠くで電車の音がした。それだけだった。それだけなのに、なぜかその静けさが美しかった。
散歩の帰り道、ユキはすこし落ち着いて横に並んで歩く。疲れたわけではなく、満たされたのだと思う。わたしも同じだった。家に戻ってリードを外すと、ユキはくるりと一回転してから水を飲んだ。その背中の毛が朝の光の中でふわりと揺れた。今日もいい天気だった。明日も、こうして歩けたらいい。
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