
九月に入っても、空気はまだどこかねっとりと重い。午後二時を回ったころ、玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けると、友人の菜々子がリードを握りしめて立っていた。その先には、大きなシベリアンハスキー犬のルカがいた。ブラックとホワイトのコントラストが鮮やかな毛並み、そして吸い込まれるような淡いブルーの瞳。思わず息をのんだ。
シベリアンハスキーは、オオカミを思わせる精悍な顔立ちに、たくましい体を持つ犬種だ。目の色や頭部の模様は個体によってさまざまで、一頭一頭の個性が光る。
ルカもまさにそうで、顔の左側だけに広がる白い模様が、どこか非対称で愛らしかった。
友人たちは続々と集まってきた。翔太、みどり、それから最近引っ越してきたばかりの颯。四人がリビングに腰を落ち着けると、ルカはすぐに部屋の中を探索し始めた。鼻をひくひくさせながら、棚の角や椅子の脚を丁寧に嗅いでいく。その仕草がおかしくて、誰かが小さく笑った。
私がアイスコーヒーをグラスに注いでいると、ルカがふいに私の足元に来て、冷たい鼻先をふくらはぎに押しつけてきた。その感触が思いのほか冷たくて、思わず「ひゃっ」と声が出てしまった。グラスを持ったまま固まる私を見て、菜々子が「ルカ、あなたって本当に挨拶が独特ね」と言い、みんなで笑った。ルカは何事もなかったように尻尾を揺らしていた。
縁側の窓を開けると、庭から金木犀に似た甘い残り香が漂ってきた。まだ九月の初旬だから本物の金木犀ではないはずなのに、と思いながらも、その香りはどこか懐かしく、子どものころに祖母の家で嗅いだ庭の匂いを思い出させた。あのころ、祖母の家には大きな柴犬がいて、縁側でよく一緒に昼寝をしていた。犬と過ごす時間の、あのゆるやかな体温の感覚が、今日のルカといる時間と静かに重なった。
ルカを連れて庭に出ると、翔太がボールを取り出した。ルカは最初こそ興味なさげにしていたが、ボールが転がった瞬間、一気にスイッチが入った。
ハスキーはそり犬だっただけあって運動欲求が強くスタミナがある。
ルカの走りはまさにそれを体現していて、庭の端から端まで、地面を蹴るたびに土の匂いが立ち上がった。友人たちと一緒に遊ぶルカの姿は、まるで子どもに戻ったみたいに無邪気で、見ているこちらまで自然と笑顔になった。
颯がルカの背中をゆっくり撫でながら、「こんなに人懐っこいとは思わなかった」とぽつりと言った。
性格は人懐こくて甘えん坊。頼りがいのある容姿と愛らしい性格のギャップも、ハスキーの魅力の一つ
だと改めて感じた瞬間だった。颯の手が止まると、ルカが顎を颯の膝の上にそっと乗せた。その重さに、颯が少し目を細めた。
日が傾きはじめ、庭に斜めの光が差し込んできたころ、みどりが「ちょっと疲れた」と言いながらウッドデッキに腰を下ろした。私はキッチンに戻り、「ヴェルテ・ブリーズ」というハーブティーブランドのカモミールミントを淹れた。少し前に雑貨屋で見つけて買っておいたもので、開封するのは今日が初めてだった。湯気とともに立ち上るミントの清涼感が、まだ残暑の残る空気の中に溶けていった。
温かいカップをみどりに渡すと、彼女はそれを両手で包んで、目を細めた。その仕草がとても静かで、なんだか絵のようだった。ルカはといえば、みどりの隣に体を寄せて、ふうっと長い息を吐いた。まるで自分もひと休みすると決めたかのように。
友人たちと一緒に遊んだこの午後は、特別なイベントがあったわけでも、どこかへ出かけたわけでもない。ただ庭でボールを追いかけて、お茶を飲んで、犬の毛並みに触れていた。それだけの時間だったけれど、なぜかとても満たされた気持ちで夕方を迎えた。ハスキー犬のルカが、この場所に連れてきてくれた空気というものが、確かにあったと思う。
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